岡野オサムのそれゆけ!田舎暮らし

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その7 「孫に悪魔が取り付いた?!」

1979年に雄鶏社から木彫の出版の話しがあり,1980年〜1981年の出版までの間、打ち合わせの為に雄鶏社のMさんと本の話しだけでなく、将来日本に起こる話などをよくしました。

何時の頃の話しだったかはわかりませんが、将来おこるであろう戦争やテロによる毒ガスに対する対処法や地震の時の対処法を書いた原稿をどこか出版してくれるところないかなぁと彼に託した事がありましたが結局預かったものの、彼も困ってしまい、阪神大震災の前年に事情で雄鶏社を退社するからと原稿を送り返してきました。

この頃は夢(都合が良いので夢と言っていますが、寝てて見る夢だけでなく運転中や起きている時、他人と話している時などでも、頭の中に入ってくる・・その為にお知らせとか夢と言っていた)や不思議な現象によく出会いました。

そのころは良く家族の者に1985年ころから1986年頃には阪急や近鉄百貨店を引き揚げなければなるかもしれない・・デパートの魅力がなくなるとか、日本も1割以上の人の職がなくなるとかイラク戦争が始まり1993年頃から日本も徐々に戦争に巻き込まれていくと・・・

1981年8月に雄鶏社の出版と収夢会の10周年が重なり都ホテルで盛大な出版パーティを催ししました。

その辺りから山の開発をする為に、木彫の仕事を全部辞める!と家族に打ち明けていましたが・・・

親や妻や周りの反対にあい、自分自身も思い悩んでいました。

戦争中でもちゃんと食べていけたのだから。そこまで心配しなくても良いとか、田舎にいくらお金を落としても、所詮田舎は田舎なのだから、同じお金を使うのならば都会の土地を買った方が良いとか・・・開発するにもお金がいるのだから仕事を辞めたら、どうやって開発するのだとか・・・

私もその時は10年以上先の話しを今現在悩んでも仕方がないと思い皆の意見に従ったのですが、翌年に山の夢を見て実際に仕事をほったらかして6月から開発を始めましたから周りは私が次ぎは何をしだすかと・・・まわりの者は今考えると心配の種だったのではと思います。

八月のある日、阪急百貨店から自宅に戻ってみると,紫の衣を着たおばぁさんがチョコンと坐っており、周りに親や兄弟家族などが大勢集まっていました。

私が不思議に思い訳を聴いたところ、おばあちゃん(父親の母)が孫に悪魔が憑いたからと浅間神社の日野先生?にお払いをしてもらうために、東京から先生と二人でやってきたと言うのです。

皆は私と日野先生との話しがどのような事になるのかと固唾を飲んで見守っていました。

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