岡野オサムのそれゆけ!田舎暮らし

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その22 「悲しいヤギのお話」

山を開発しだして母屋が完成間近のある日、ふと「養う」という文字が頭の中に浮かびました。

「養う」という文字は「羊を食べる」と書きます。

その養うという文字が頭に浮かんだとき、そうだ昔から土地が痩せていたり荒地でも羊を飼っている人々が、ヤギや羊だけで生活していると言う話を良く聞くけど、自分自身も羊1匹でどれだけ養う力があるのだろうと思い、試しにヤギを買う事にしました。

ヤギの事を色々調べていと

ヤギは皮は服やテント、乳はチーズも作れるし、牛乳変わりに飲むと母乳に近い栄養価でアトピーにも良いし肉は食べられる、捨てるところが無い、おまけに粗食に耐える。

これは絶対に買わなければと、早速岡山の勝田町の農協を訪ね、ヤギを購入したいと申し込みました。

それでヤギを飼う為の目的を農協の担当者に説明すると、その担当者いわく

それならばこの辺りの雑種のヤギでなく長野から純潔種を取り寄せなければ打目だと言われ、早速お願いしました。

いよいよヤギがやってきました当時1頭20万円その他藁きり、フスマ1俵、藁軽トラ1杯分を付属品として購入しました。

生駒の自宅にヤギ小屋を作り、人工授精させたメスヤギが子供が生まれるまでせっせとお世話する事になり

早速ヤギを裏庭の小屋に入れて、農協で教わった通りに藁きりで藁を切り餌箱に藁とフスマを混ぜてヤギにやりましたが、ぜんぜん食べてくれません。

ヤギはメエメエ〜と鳴くし、隣近所から苦情は来るわ、駅前の保育園の園児がどこかでヤギが鳴いていると我が家のヤギの鳴き声を頼ってどっと押しかけて来て、それはもう大変なものでした。(ヤギの鳴き声は甲高い為に、かなり遠くまで聞こえる)それで隣近所の目もあり、粗食で育てると言う最初の計画は断念し、毎日草を刈って来て食べさせることになりヤギの餌を毎日、私の父親が運んできてくれました。

その甲斐もあり、春の終わり頃には可愛い子ヤギが2匹生まれました。

やった〜これでヤギの乳も飲めるし、チーズも作れる!こころはウキウキ作戦続行!

最初の数日は小ヤギにお乳を飲ませ、時期を見てヤギの乳をしぼりチーズ作りに挑戦。

ところが数日たって小ヤギに元気がありません!???

不思議に思い親ヤギの乳を絞ってみる事にしました。

小鍋を用意して親ヤギの乳を搾り出して、ビックリ鍋にわずか1センチくらいしか乳が溜まりません。

これってヤギに乳が出てないのと違うかぁ〜(@。@)”

慌ててスーパーに牛乳を買いに走り、小ヤギ2匹に哺乳ビンで牛乳を飲ませるはめに。



ヤギは粗食に耐えると言っていたのに、ぜんぜんウソで贅沢で我が侭、毎日毎日草を刈ってヤギに与えても

すぐに飽きてしまい、毎日メエメエ〜餌を求めて鳴くは、乳は出ないは

一体どうなってるねん!話がぜんぜん違うやン!

毎日餌を運んでも、すぐに餌を足でぐちゃぐちゃに踏んでしまい、足で踏んだ餌は食べない!

毎日同じ草だと直ぐに飽きてしまい、足で直ぐに踏んで、次ぎの餌を要求する。

仕方がなく、近所のスーパーに野菜屑を毎日もらいに行くけど・・・

スーパーで野菜屑もらいに行くと、そこのオバちゃんが当時32歳くらいの僕に向って

バタ屋さん、こっちこっち野菜屑はあそこのゴミ箱の中やで〜

7月の中頃には、ヤギの世話に頭に来て当時山の家を時々手伝ってもらったりしていた大工のOさんに勝田町の農協でヤギを飼った時の経緯と、純潔種といって取り寄せてもらったヤギが餌は贅沢やわ小ヤギを生んでも乳が出ないし、さんざん苦労していると相談しました。

それで大工のOさんが農協に掛け合ってくれる事になり、数日して生駒の自宅にOさんから電話がありました。

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