岡野オサムのそれゆけ!田舎暮らし

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その53 「石垣島に行くしかない!」

私のおばぁちゃんは、とても不思議な方でおばぁちゃんの昔の事が知りたくて・・ふと調べたくなりました。

今年の春、私の叔父の遺作展を見に博多に遊びに行ったときに、30数年ぶりに従兄弟の省吾ちゃんに会うことが出来たのですが、省吾ちゃんも私と同じ事を考えていたみたいで竹富島まで、直接電話を入れたみたいです。

その時は詳しく聞くことが出来ず、ある日1年ほど経ってから竹富島の資料館の館長さんから突然電話があり、おばぁちゃんが住んでいた時の話をしてくださったらしいのですが代替わりした後の足取りまでは判らず、機会があれば二人で竹富島に行こうと話をして・・博多を後にしました。

竹富島や石垣島にいつか行こうとパソコンで色々調べていたら、偶然石垣島に住んでおられる方のホームページを見つけ、懐かしくて掲示板にコメントを残していたら、おばぁちゃんのことを知る手がかかりになりそうな情報をキャッチしたよ!

省吾ちゃん!ひょっとしたらおばぁチャンの妹さんの御家族が見つかるかも(^0^)♪

見つかったら一緒に竹富島と石垣島に遊びに行こうよ!

それから前浜家の事だけど、薩摩藩が琉球を支配した時に竹富島に神官として派遣されたとかの話だったと思うのだけど、おばぁちゃんの母親は川口家の出で河口家は西郷隆盛に書を指導していたらしいよ。

西南の役の後も、西郷隆盛の師弟を指導されていたみたいで、西郷隆盛神社の資料館に行くと、その事が書いてあるみたい。

お墓は西郷隆盛の横に祀られているらしいよ。

阿世知家、前浜家、川口家、八板家・・特に八板家と阿世知家は昔から婚姻関係が深いから、その辺の親戚に話を聞けば何かわかるかも!

 

以下、ある掲示板でのやりとり♪

    ↓   ↓   ↓

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今日はお久しぶりです(^^)
5月の連休は現代美術館で展示会をしていました。

私の山も、今年やっとキッチンガーデンの準備が出来ました。これから噴水や作業小屋などのアクセサリーを置いて、キッチンガーデンをデザインしていきます。

藍を育てておられるのですね♪私も藍染めに子供の頃すごく興味があり真似した事がありますが、一度自分で染めたいですね。

りきちゃん、大きくなりましたね。
時々、母親と島に住んでいた頃の思い出話をしています。

投稿 オサム | 2009/05/11 11:46

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オサムさん、おひさしぶりです☆
コメントありがとうございます!

キッチンガーデンを手作りで作られているってすごいですね。
ほんとになんでも自分の手で作ることが出来るってうらやましい・・・
まだまだオサムさんのようなバイタリティあふれた開拓にはほど遠い僕らですが、
少しずつ前進してます。
お互い身体には気をつけて、がんばっていきましょう。

>時々、母親と島に住んでいた頃の思い出話をしています。

ええ〜!オサムさんは、もしかして石垣島の出身なんでしょうか??

投稿 tama | 2009/05/15 00:23

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生まれは石垣島ですよ(^^;

竹富島にも親戚がいるのですが、(私のおばぁちゃんの妹夫婦が住んでいたのですが) 私は付き合いが無くて、代替わりした後の事が判りません。
一度竹富島を訪ねてみたいと考えているのですが・・・

果物も良く食べた記憶があるのですが、どこで食べたか思い出しません。
与那国島、南大東島、奄美大島、石垣島このあたりで食べていたと思うのですが
キウイのような形で木になっていて、果肉が白く柔らかかったような・・味はパッションフルーツのようだったと思うのですが・・それが又食べたいです。

母親はバンジロウと違うか?と言うのですが、子供の時の記憶ですので・、サトウキビ、パパイヤ等を食べていた頃が本当に懐かしいですね。

投稿 オサム | 2009/05/15 01:48

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やっぱりオサムさんは石垣島出身だったんですか。いやあ、うれしいです。
子どものときに住んでいらしたんですね。

今は西表に移住していますけど、僕の父方の祖父も昔、竹富島の開拓民でした。

竹富島の血筋ということはもしかしたらユタや巫女さんとの縁故があるのではないでしょうか?そのことで、もし何か気に障るようなことがあったらごめんなさい。。
オサムさんのHPを拝見したとき、オサムさんは不思議な体験をたくさんされていらっしゃるということを聞いて、もしかして・・・と思いました。

オサムさんの食べられた「バンジロウ」という果物ははっきりとは分からないけれど、よく似た名前で「バンシルー」と呼んでいるものがあります。

グアバのことで、島の人たちはよく食べています。
ちょうど確かにパッションに似たあまずっぱい味でした。
たぶんグアバのことではないでしょうか。

投稿 tama | 2009/05/17 17:28

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はい、巫女さんの家系だと思います。

私のおばぁさんが後を継ぐ事になっていたと思うのですが、事情があり妹に譲ったと言うような話を子供の頃に聞いた事があります。

竹富島に住んでおられたのならば、前浜と言う方をご存知ありませんが?
私のおばぁちゃんの弟さんにあたる方でhあないかと思うのですが。
名前はたしか大久か大志か、そんな感じの名前では?と思うのです。

私のおばぁちゃんは、私よりも不思議な方で先に起きる事を何でも知っていた方でした。
朝起きて一番に、今日起こることを言うのですが、ある時、私に突然お知らせが来たと言うと今日は、だれだれさんが死んだ!と言う内容の電報が来るからと・・そうすると夕方に電報が来て同じ内容の文章でした。
それも滅多に付き合いの無い方だったりとか、おばぁちゃんにはビックリするような事が多々ありました。

投稿 オサム | 2009/05/17 20:40

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えええ〜!やっぱりそうなんですか。びっくり・・・
やっぱり巫女さんの家系には不思議な力があるんだと思います。

"大工"という名字の人が知り合いに何人かいます。
石垣島では、わりとよく聞く名前ですが・・・

僕の同級生にも巫女?(ユタ?)の家系の人がいて、この人は本当にいろいろな不思議な体験をしている人でした。

昔、土木関係の工事の仕事をしていた人で、山や洞窟を切り開くときに重機を操縦していたんですけれども、あるとき山の奥深く調査に入ったことがあったそうです。
そこで作業をしているとき、ふいに何かが近づいてくる感覚があったそうで、その直後に意識がとんでしまったそうです。
しばらくしてその人が気がついたときは地面に横になっていて、まわりにいた作業仲間の人たちがすごい勢いで「だいじょぶか!だいじょぶか!」と叫んでいたそうです。
意識を失っていたときのことを作業仲間の人たちに聞くと、その人はユンボの操縦席で、なにか叫びながら懸命に腕を振りまわしていたらしく、みんなで無理矢理ひきずりおろしたんだということでした。

これは感覚が非常に強い人がよくかかる現象で、その人は”まじわされる”と言ってました。
こんなことが何度かつづいたせいか、その人は結局仕事を変えざるをえなくなってしまいました。今はレジャー関係の仕事をしていますが、たまに同じようなことがあるそうです。

オサムさんのおばぁちゃんの話といい、ほんとうにそういう力を持つ人っているんですね・・・それがその人にとって良い方向に向かってくれればいいんですけれど。

投稿 tama | 2009/05/22 01:06

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ははは(^^)私も楽しい話を前もって教えてもらえる時はうれしいのですが、嫌な話を前もって聞くと、頭の中で将来の事を受け入れるまでは鬱のようになり悩みましたよ。
子供の時に将来は彫刻家になるとか、デパートで店を出すとか言っていましたので。周りの友達からはホラ吹きのように言われた事もありました。
実際24歳の時には近鉄百貨店、阪急百貨店、その他に店を出していましたし27歳の時までには自宅だけでなく、岡山の牛窓、九州の湯布院、今の別荘を持っていました。
30代に近づいた28歳の時だったかな・・全て辞めて山に入ると言い出したのが・・
今の経済状態になって行くと言う事が、子供の頃から判っていて大人になっても早く地に足がついた生き方をしなければと私は焦っていました。

その時に、反対を押し切ってでも全て投げ出して山に入っていたら今よりもっと幸せだったかな・・と時々思います。
バブルが起きるのも弾けるのも私は判っていたので、早めに対策を取りたかったのですが、周りが私の行動が理解できずに前の嫁とも何度も大喧嘩をしましたね。
バブルに踊らされた前嫁は、何度将来の話をしても聞く耳を持たなかったです・・それまでは、私を神様みたいに思っていた嫁さんでしたがバブルに踊らされて・・うちは小室さんの逆バージョンでしたよ(T,T)
今の資産は絵に描いた餅で、バブルが起きればひとたまりも無く消える!と何度も話したのですが、最後は嫁の実家から別れるから1億よこせ!と言われる始末でしたよ。子供たちはグレルし大変でした(^^;
何とかおばぁちゃんの助けを得て、子供達を大学に行かし今は長男と次男は立派に独立していますよ。
今はやっと自分のやりたいことが出来るようになりましたが、色々な事がおきていなければ10年以上前には完成していたと思います。
私は高級霊媒体質なので、何かと交わる事はないのですが私のしている事を理解するのに回りが判るのは10年後と言うのは辛い物がありますね。
嫁さんと結婚した時でも、38歳の時におかしな事をして私と別れる事になるから、その時は私を信じて私を選ぶようにと・・何度も結婚の前も後も言っていたのですが駄目でした。丁度38歳の時に前嫁は反乱を起こしてしまい、私の不徳のいたすところと言う感じで辛い物がありましたです。
そうそう、もし前浜という方をご存知の方に会われたら、知らせてくださいね(^^)

投稿 オサム | 2009/05/22 10:24

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えーと。
前浜とは…新聞のおばちゃんかな?
他にも前浜ってたくさんいるのかな?
わははー汗
テーゲーでごめんね〜聞いてみるよ〜

投稿 mary | 2009/05/23 00:40

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まりさん今晩は(^^)

岡山の別荘からメールしてます。
今日は夕方から少しガーデニングの手入れをしました。

竹富島では前浜は少ないかもしれないです。
私のおばぁちゃんの名前はオトと言います。
もう30年以上前に亡くなりましたが、本当に不思議なおばぁちゃんでした。

今年の春も、従兄弟と二人で竹富島に調べに行こうか?と話していましたが
なかなかお互いに行く機会がなくて・・・

面倒でしょうが、よろしくお願いします。

投稿 オサム | 2009/05/23 19:57

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オサムさん

「安里に嫁いだ方で、そういう方はいらっしゃった。」
とうちの祖母が申しております。
それ以上は、なんだかバタバタしてて聞けませんでしたが・・・
年寄りでマイペースなので、長電話はなかなかできませんね。
そういう方というのは、未来予知したり、いろいろ言い当てるとかのことを指しています。

てゆーか人のブログでなんだか掲示板扱いすみませんね(^^;汗

投稿 mary | 2009/05/28 11:44


2009年6月3日

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